ここでインドのハーモニーハウスで一ヶ月ボランティアしたことの体験談をまとめてあります。試行錯誤しながらも自分の限界を知ることができ、素晴らしい体験だったかと思います。

初日:先生をしながら考えたこと


HARMONY HOUSEボランティアに参加した理由


そもそもなぜ私がインドに来たのか。それは以下のような理由です。私は将来貧困をなくすために働きたいと思っていました。しかし同時に、本当に私は外国で脱貧困への活動をやっていけるのだろうか?と心配していました。1つは私の能力面の心配です。住み慣れた日本に比べて、上手くいかないことが多くなる海外で、良い仕事が出来るのだろうか心配でした。

もう1つは、私の気持ち面の心配です。口ではやりたいと言っているけれど、いざ働いてみたときに「これは自分のやりたいことではなかった」と感じるかもしれないと思ったからです。そこで、自分を試すため、そして自分の気持ちを確かめるために、実際に海外でボランティアをしてみようと思ったのです。

Harmony Houseは高級住宅街に2棟教室をもっており、どちらもきれいな建物でした。教室には、2棟合わせて200人程の生徒が通っており、お祈りをしている最中は静かでしたが、そこはわいわいがやがやと、とても賑やかで楽しそうな雰囲気でした。


先生をしながら考えたこと


私はHarmony Houseがどのような場所なのか分からなかったので、最初の数日間は先生をしながら考えることにしました。午前中は、数学の先生として、だいたい10~12才の子供たちに、掛け算と割り算を教えることになりました。その授業は、私が問題をホワイトボードに書き、生徒がその問題を解くシステムでした。私が驚いたのは、59728×3947=のような、大きな桁同士の計算問題は解き慣れているにもかかわらず、2+3×4=のような四則演算の法則を知っておかなければいけない問題は、解けないということでした。また面積や分数、小数点などの問題もやったことがないらしく、「こんなに大きな桁同士の掛け算や割り算を練習するよりも、次のレベルの問題に進んだ方がより効率的なのではないか?」と疑問を持ちました。

午後から英語の授業を担当したのですが、数学の授業のときに受けた印象と大体同じです。私が教科書を読んだ後に生徒が1人ずつ立って音読するという授業形式だったのですが、それがものすごく非効率で、生徒はいったん自分の番が終わると数分はすることがないので、遊びだしてしまうのです。(後に自分で、生徒全員が一斉に音読するシステムにかえましたが)

ここから、私はHarmony Houseで提供している教育が非効率だと感じました。他の先生たちはHarmony HouseのことをSecond Schoolのような場所だと言っていましたが、生徒はパブリックスクールよりも、Harmony Houseにより長くいるのだから、生徒にはしっかりした授業をすべきだと考えています。


2日目:自分にできることを考える


数学を教えてみた


今日も午前中は数学を教えることになりました。昨日の反省を踏まえて、掛け算と割り算のみの計算問題から一歩進んだ、四則の入り混じった計算問題を、授業の最初に復習しました。ほとんどの生徒が、昨日は解くことが出来なかった問題が、今日は解けるようになっていたのに感心して、更にレベルを上げて、文章題を解いてもらうことにしました。指示を出した後、彼らが、問題が簡単すぎると事を言っていたので、時間制限を設けることで、難易度をあげてみました。

数分後に、解けているか確認すると、(a)30-10=20 (b)30+10=40 (c)30×10=300、、、といったように、設問の意味を理解せずに、計算式だけ見て解いていることが、分かりました。そこで、①まず問題文を読むこと、そして②(a)から(d)から一つ正しい答えを選ぶだけで良いこと、を伝えてもう一度解いてもらうと、今度は難しすぎると言われました。そこで、インド人の先生にヒンディー語で、解説を手伝ってもらうことにしました。そうすると彼らは私の予想に反してすんなりと理解出来たようで、なあんだ、という感じでこちらを見ていました。

つまり、彼らは文章題が分からないのではなく、英語の文章が読めなかったのです。その時に私は、私が授業をすることの馬鹿馬鹿しさに気づきました。英語があまり理解出来ない生徒に対して、母国語でない英語で私が教える数学が、分かりやすいはずがありません。私は、先生の立場では、Harmony House(次回からHHと略します)に貢献するのは難しいと感じました。

自分のできることは


数学を教えることが馬鹿馬鹿しいと私が思っていることに、インド人の先生は気づいたようで、PCを使って日本の文化を紹介したらどうだ、と私に提案してきました。私は、数学や英語の授業にはあまりやる気を示さない生徒が、PCを取り囲み、様々な語句を調べている様子を見て、「私がやるべきことはこれじゃないか?」と思いました。


3日目:子供達に愛を与える


今日はまた小さなクラスで数学の担当だった。筆算の虫食い算を扱った。段階を踏んで難しくしたはずだったが、いきなり難しい問題になったらしく、生徒は手こずっていた。しかし、問題の間に、いくつか導出するような問題を挟めば、生徒は解けた。段階を踏んで問題をだしていけば生徒は解ける。

午後はまず、簡単な折り紙をみんなで折った。簡単に出来る犬を選んだので、上手かどうかは別としてみんな出来ていた。できた作品に対して、みんな個別に「Great!」と言ってもらいたがる。なぜだろう?みんな明らかに出来ていることがわかっているはずなのに。

インド人の先生と少し話す機会があった。というよりも、日本について生徒に話してくれと言われて、話している途中に、先生から家族や友達など、自分自身について質問されたので答えていた。家族構成から始まり、嫁姑問題まで、子供たちってこんな話題聞きたかったっけ?というような事まで話した。

愛を与える


そこで先生に言われたのは、子供達は、パソコンのスキルや算数の解法を教えてほしい訳ではなくて、愛が欲しいんだ、と言っていた。子供達は、両親にあまり愛されていないだろうから、ここで愛してあげなければいけないと。

教育支援の問題はいつだって愛の不足の問題に行き着く気がする。マズローの欲求段階説が示すように、自己実現欲求がうまれるには、それ以前の欲求を満たしてあげなければいけないのか。個別にGreat!を求めるのも、この問題かもしれない。

午後に子供達と歌を歌った。結んで開いてを皆で練習した。さすがみなさん若いので、すぐに覚えた。ただ、インド人の先生が、言っちゃ悪いが音痴で、メロディーを訂正しても訂正してもインド風に変えてしまうので、少し困った。

4日目:英語を使うことができないという課題


パソコンの授業を開講するためには、ある程度の数のPCが必要になります。そこで午前中はPCを購入する資金を集めるためにファンドレイジングの方法や、クラウドファンディングについて調べていました。そしてそれらについて、またパソコンの授業の開講の是非を尋ねるために、インドHHのトップであるメグナさんのところへ行こうとすると、インド人の先生から、「何をしに行くんだ?」と聞かれました。だから私が、パソコンを買うための方法について話しに行くんだと言うと、「実はパソコンは全部で5台位ある」と言われました。
 
前回も話した通り、HHには2棟あります。PCの1台は自分が普段通っているところに保管されていたのですが、残りの4台はもう1つの棟に保管されていただけでした。一応“Are there other PCs?”と聞いてはいたのですが、やはりもっと誤解のないような聞き方をしなければいけないと思いました。
 
取りあえずPCが手元に5台あるので、それらを使って、調べ学習をやってみました。まず1つお題を決めて(今回はピラミッドについてです)、それについて班ごとに発表するという形にしました。発表は英語でもヒンディー語でもどちらでもよいということにしました。
 
なぜ私が調べ学習を採用したのかというと、スガタ=ミトラのTEDでのスピーチ)を聞いたことがあったからです。スガタ=ミトラによれば、優秀な先生は最も必要とされているところには行きたがりません。そこで彼は、PCを使った自主学習プログラムを組むことで、子供たちの学習に革命が起きることを、世界中で明らかにしていきました。私も彼の方法に習うことで、正規の学校に通うことが出来ない子供たちが、自らの手で学習していける環境を作りたかったのです。

 133534しかし、実際に試してみるとスピーチの内容通りには上手くいきませんでした。彼らはまず、Pyramidの綴りをタイプするところから苦戦しました。ようやくwikipediaでピラミッドについて記載されたページにたどり着いたとしても、彼らは英語を読むのがあまり得意ではないために、難しすぎる課題となってしまいました。
 
私はじゃあヒンディー語で調べて、ヒンディー語で発表すればいいのではないかと考えたので、インド人の先生に、ヒンディー語の入力方法について尋ねました。しかし彼女に、「英語では出来るが、ヒンディー語での検索の仕方は分からない」と言われました。
 
 そこで問題をより簡単にするために、私が(1)ピラミッドは誰のために作られたものか?(2)ピラミッドは何年前に作られたものか?などの問題を5問出題し(ピラミッドはタージマハルのように1つだけではないので、問題が悪いと言えばその通りですが)、5問の中から1問答えてもらうという方式を採用しました。また、google translator を紹介し、ピラミッドをपिरामिडとヒンディー語に変換して検索できるようにしました。
 
 今度は出来るだろうと思ってみていると、googleの検索ワードに例えば(1)ならば1字1句同じように、「For whom were the Pyramids built?」と入力し始めました。しかしそれでは該当するウェブサイトは当然0件、若しくはとても少なくなっていました(今自分でそのように調べてみると、2500万件ほどヒットしました。彼らがなぜ調べられなかったのか、ますます分かりません)。また英語で検索をしているので、英語で書かれた文章を読まなければいけなくなります。彼らは、スピーチと同様に設問にも答えることが出来ずに時間切れとなりました。

 私が今日気付いたのは、ヒンディー語というローカルな言語におけるウェブサイトの数は少ないということです。もしPCを使って勉強したいならば、その前に英語を使えなければいけません。スガタ=ミトラがこの問題にどう立ち向かったのか、ものすごく気になります。

5日目:目標を定める


今まではHHの全員をより良い方向に導いてあげたいと思っていた。貧困の連鎖から抜け出すには、良い教育を受けて、以前より稼ぐことが出来る職に就くことが重要だと考え、HHの教育面を強化しようとした。

しかし生徒は自ら「勉強」しようとは考えていなかった。「なりたい職業は何?」と生徒に聞くと、美容師や陸軍などだと生徒は答える。将来の夢のためには、勉強のモチベーションは上がらなそうだ。またHHで勉強したとしても、一旦、小中高一貫で教育するインドの学校に通っていない子供たちが、編入試験を受けたり、大学に通ったりするとも思えない。

そこで私は、生徒が「困ったときに自分の力で学ぶことが出来る」ようになることを目標にした。
そのような目標を掲げて、今日の授業は2つのことをした。1つ目に、東日本大震災の際の映像を見せて、感想を書いてもらった。そしてインドで起きた自然災害について調べさせた。2つ目に、正方形、長方形の面積の公式を教え、解き方を一通り教えた後、ペイントソフトで自作の面積の問題を作ってもらった。

また個別に、初めてHTMLを教えた。今日のトピックは、HTMLとは?とHTMLを使ってみよう、だった。明日はいくつかのタグの使い方について教えるつもりだ。私も初心者だから、二人三脚で進んでいく予定だ。

これらの、授業を通じた個別アプローチと同時に、HHの全体を変えていくアプローチの2つを実行していくつもりだ。具体的には、明日、PCの常設化と、チャイムの設置を提案してみようと思っている。

6日目:変えることの難しさ


2日前に言おうと思っていた提案を、今日尋ねてみた。その提案とはチャイムを導入しようというもの。子供達はご飯の時間以外はずっと勉強で静かにしておかなければいけない。例えば昨日は2時間ずっと、子供達は算数の筆算問題を解いていた。そのくせに遊んだら定規で叩かれる。その様子をもう1人の先生が”It’s torture.”と言っていて、言い間違いだと思っているが、少し恐ろしい。子供達は算数よりも英語よりもワイワイ遊びたいだろう。しかし学校に通っていないので、勉強もしなければいけない。遊びと勉強のメリハリをつけるため、チャイムが必要だと思ったのだ。

しかし、その提案に対して先生は、来月がテスト期間なので彼ら自身で勉強している。いつもは時間通りに進めている、と言っていた。ただ、今日の自習時間も遊んでいる子供が半分、勉強している子供が半分、こういうのが良くないって思うんだけど。

もう一つのクラスは、新しい生徒がどんどん入ってきているから、授業の時間を明確に決めることは難しい。今日も5人新しい生徒が入ってくるのでてんやわんやになるだろうと言われた。話の通り午後からHHに新しい新しい子供が来た。その子供は母親と離れるのが嫌で、わんわん泣いていた。子供を押し込むように教室に入れる母親、子供が逃げないように鍵をしめる先生。たしかに授業ができる状況ではない。新入生が来てから2時間くらいは授業が中断していたから。さらに新しい子供のために、また1から様々なことを教えなければいけない。ここは学校ではないとはそういう意味だろう。


7日目:「やればできる」の怖さ


今日はチーフティーチャーに、一年間の試験の様子を教えてもらった。一年間に二回進捗度を確認するために、ヒンディー語と英語、数学、ソーシャルサイエンス、理科の5教科をテストする。試験範囲を聞いてみると、教科書の全範囲から、数問ずつ一番大切な問題が選ばれているらしい。試験範囲については自分の予想に反してまともだった。

ただ試験の回数が2回では少なすぎるように思う。そして試験が3月17日に行われるにもかかわらず、今からテストに向けた自習期間を設けているのは、相当な授業怠慢だと思う。

さらに生徒の勉強の方法がほとんど音読のみだったのが面白い。インドでは掛け算を2ケタの段まで覚えさせると聞いていたが、HHにもそう教える先生がいる。数学にまで暗記を持ち込んでいることを考える限り、全ての教科が暗記力勝負なのかもしれない。ただ私自身は音読には大賛成だ。

ゲームがしたくてたまらない生徒がいて、その子がべたべたとくっついて、ゲームをやらせろとせがんできたので「酸っぱいブドウを暗唱できたら、ゲームをやってもよい」と言った。暗誦するといっても3行程度の文で、しかも酸っぱいブドウは試験範囲なのもあって、勉強させるにはもってこいだと思ったからだ。もうひとり似たようなお願いをする生徒がいて、その生徒にも同じ課題を出した。予想に反して2人とも今までに見せたこともないようなまじめな表情で、暗唱に取り組んでいて、感心してしまった。しかし2人とも今日中に暗唱することは出来なかった。

何かに成功したときのみ褒めるという成功報酬型の教育は、「やればできる」という言葉とセットになって行われる。たとえば九九を覚えるような、与えられるハードルが飛び越えやすいものであればこの教育方法は効果を発する。しかし課題の難易度が上がっていき、努力したけれど失敗してしまったとき「成功できない自分はダメな人間だ」と、この価値観によって自尊心を傷つけてしまうことがある。だから月曜日は努力そのものを褒めることを忘れないようにしなければいけない。そして「ゲームをすること」が酸っぱいブドウにならないように、努力する手助けをしたい。

資料請求/留学相談はこちら!